結婚の準備
昭和三十年頃の結婚準備

私たちの結婚資金

二人で土地まで
私たちは、ませていたのでしょうか。二人が知り合ったのは、六年前、夫が二十一才、私が十八才で、高校を卒業したばかりのときです。私は薪炭問屋の事務員で、銀行へお使いに行くと、いつも窓口で親切にしてくれたのが夫でした。
貯金のはじまり:私たちは、交際するようになっても、喫茶店で話し込んだり、映画に行くことはめったにありませんでした。二人とも、そんなことがあまり好きでなく、公園で歌を歌ったり、図書館で音楽やキリスト教などについて話し合うことが多かったと記憶しています。二人が結婚の意志を固めたのは、その後一年半ばかりたってからです。私たちは、互いに経済的に恵まれた家庭とはいえないので、どんなことに使うかは別にして、な、るべく貯金をしようときめました。当時、夫の給料は二万円で、家に七〇〇〇円入れ、三〇〇〇円をこづかいにしていました。そのこづかいのうち毎月一六〇〇円を定期預金。私は給料六〇〇〇円で、こづかいは二〇〇〇円。そのうち=一〇〇円を貯金。毎月、二人分をまとめて、夫の銀行に預けました。そして、ボーナスのときには、このほかできるだけ貯金するように心がけ、給料がふえれば、貯金額も多くするのでした。もっとも、そのころ、夫はすでに五万円の貯金をもっていました。私たちは、結婚までにできるだけの貯金をして、それで結婚式の費用はすべてまかなおう、親からは一銭ももらうまい、ときめ、少ないこづかいも、極力むだを減らしてがんばったのです。二人とも安月給取りなので、そ
れからは、私たちはいささかケチになりました。コーヒーも週に一度くらい、映画もめつたに見ません。もともと二人ともはでな性格でないので助かりました。
結婚へ:約五年、私たちの貯金は好成績で、夫の分一九万円、私の分九万五〇〇〇円、二人合わせて約三〇万円近いお金ができたのでした。このとき、私たちは結婚の日どりをきめました。結婚がきまると、夫の父は、前から用意し
てあった定年退職金のうちの一〇万円を、私たちにくださったのです。私たちの目先はとても明かるくなりました。私も、兄姉たちから、たんす、鏡台などをお祝いにもらったので、貯金をあまりくずさずに、結婚式(三十四年四月)へこぎつけることができました。もちろん、式と披露宴は、できるだけ質素に。この出費が約六万円。新郎方六割、新婦方四割で出し合いました。新婚旅行は伊豆へ二泊三日。一万五〇〇〇円です。
土地を:私たちはアパートに住むことになりました。六帖一間で四〇〇〇円。ガス、水道はありますぶ、いかにも新婚向きに建てた、仮住いのおんぼろアパートです。私たちは、なんとか自分たちで家を建てたいとつくづく思いました。通帳には、まだ三二万円ばかりの貯金があります。土地だけでも手に入れたいと、実家に頼んだりして物色し始めたところ、知り合いの農家が、畑地を宅地に変えて売りに出すということです。坪七五〇〇円で五四坪。さっそく、これを買うことにしました。全部で約四〇万円。不足分は実家の父から貸してもらいました。どうやら私たちも土地もちになりました。ここに、一〇坪でよい、自分の家を建てるのが今の楽しい希望です。私たち夫婦は高校出です。夫は銀行員ですが、将来まかりまちがっても、課長さんか支店長さんになるのが関の山でしょう。でも、私たちは、私たちの親が考えていたような、あるいは考えさせられてきたような出世は夢にも思っていません。私たちは、あくまでも小市民でありたいのです。あまりお金にピイピイせず、平均したふところぐあいで、なんとか失敗なく、楽しくやっていけば、それが一番のしあわせだと思っています。そういう二人の考え方がぴったりと合って、結婚したのでした。